野菜の皮を「ごちそう」に変える。罪悪感を「あと一品」の達成感に変えた、私の食べ切り活用法

野菜の皮を「ごちそう」に変える。罪悪感を「あと一品」の達成感に変えた、私の食べ切り活用法

野菜の皮や芯を、罪悪感なく「あと一品」の副菜に変えるための、具体的な活用法と体験談です。

シンクの三角コーナーに溜まった、野菜の切れ端。大根の皮、人参のヘタ、ブロッコリーの硬い芯。

パートから帰り、慌ただしく夕食の準備をする中で、それをキュッとネットごと縛ってゴミ箱に捨てるたび、小さなため息が漏れるのでした。

「もったいない」という気持ちと、それを活用できない自分への焦り。

以前、野菜のくずから出汁を取る「ベジブロス」という方法を知ったことがあります。栄養もあって、環境にも良い。素晴らしい考え方だと思いました。

でも、私には無理でした…。

「使い切れない」罪悪感が、「あと一品」の達成感に変わった日

ベジブロスを作るには、野菜くずをためておき、コトコト煮出す時間が必要です。

子供が「お腹すいた」と泣き、夫の帰りを気にしながらフライパンを煽る毎日の中で、その「コトコト煮出す」余裕が、私にはどうしても見つけられなかったのです。

試しに人参の頭をかじってみたら、固くて青臭くて、とても食べられたものじゃありませんでした。

「皮や芯はゴミじゃない」と頭では分かっていても、現実に使いこなせない。

「ちゃんと」できない自分が、ただただ情けなく、結局は生ゴミとして捨てる罪悪感だけが募っていく。そんな日々でした。

転機は「出汁」ではなく「おかず」の発想

その日も、夕飯の準備で大根の皮をむいていました。またこれを捨てるのか…と思った瞬間、ふと手が止まったのです。

これを、きんぴらにしたらどうなるんだろう?

ベジブロスのように「特別な出汁」にするのではなく、いつもの「おかず」にする。ヤケクソのような気持ちで細切りにし、ごま油で炒め、醤油とみりんで味付けをしました。

それは、驚くほど「普通のおかず」でした。

もちろん、大根1本分の皮ですから、量は知れています。家族4人で分けるには「小鉢」にも満たないかもしれません。

でも、歯ごたえが良く、味もしっかり染みている。

食卓に出すと、子供たちも「これ何?」と言いながらポリポリと食べてくれました。

「捨てるはずだったモノ」が、たとえ少量でも「あと一品の副菜」に変わった瞬間です。

私に必要だったのは、コトコト煮出す丁寧な暮らしではなく、フライパン一つで5分でできる「食べ切る」技術だったのです。

私が「あと一品」に使い回す、野菜の皮と芯の活用法

それ以来、いくつかの野菜くずは「ゴミ」ではなく「副菜の材料」として扱うようになりました。

すべてを活用するわけではありません。あくまで、忙しい中でも無理なく「ついでに」できるものだけです。

大根・人参の皮:「きんぴら」か「漬物」

一番出番が多いのがこれです。

きんぴら

皮を細切りにして、ごま油で炒めます。人参の皮はβ-カロテンが豊富で、油で炒めると吸収率が上がるそうです。

ポリポリ漬け

大根の皮を適当な大きさに切り、塩昆布やポン酢と和えておくだけ。食物繊維が豊富で、箸休めにぴったりです。

ブロッコリーの芯:「ナムル」か「ザーサイ風」

以前は房の部分より硬くて食べにくいと捨てていましたが、実はビタミンCやβ-カロテンが房の部分より多いと後から知りました。

硬い外側の皮だけ薄くむき、芯の部分を短冊切りにします。

塩茹でしてから、ごま油と塩、白ごまで和えれば「ナムル」に。

ラー油や鶏ガラスープの素で和えれば「即席ザーサイ風」になります。シャキシャキした食感が美味しいんですよね。

長ねぎの青い部分:「刻んで冷凍」

緑黄色野菜に分類されるくらい栄養があるとはいえ、一度に使う量はわずかです。

細かく刻んで、小さなタッパーやジップロックに入れて冷凍庫へ。

スープの彩りや、肉や魚を煮る時の臭み消しとして、ハーブ感覚で凍ったまま使っています。

「食べ切る」ために無理をしないコツ

この方法が続いているのは、面倒なことを一切やめたからです。

「いつか」ではなく「今」処理する

皮をむいたら、その流れで千切りにします。量が少なければ、その日のうちにサッと炒めて「きんぴら」や「ナムル」にしてしまいます。

そして、それを小さな保存容器やラップに小分けにして「冷凍」してしまうんです。

冷蔵庫だと「早く食べなきゃ」とプレッシャーになりますが、冷凍ならその心配もありません。

「調理済み」で冷凍するので、ベジブロスのように生の野菜くずが冷凍庫を圧迫することもありません。野菜を切るついでに、5分でできる「未来の自分への貯金」です。

ハードルが高いものは諦める

例えば、玉ねぎの皮やキャベツの芯も活用できると聞きます。

でも、玉ねぎの皮は煮出す必要がありますし、キャベツの芯は大きくて冷凍庫を圧迫する気がして、私には合いませんでした。

全部を使い切ろうとすると、また罪悪感が生まれてしまう。

だから、大根と人参、ブロッコリー。この3つができれば満点、と決めています。

「ちゃんと」の呪いを解いてくれた、小さな達成感

野菜の皮や芯を食べ切るようになって、一番変わったこと。

それは、食費が劇的に減ったことでも、時短が実現したことでもありませんでした。

もちろん、生ゴミが減って三角コーナーの掃除が楽になったり、食卓の「箸休め」として助かったり、というメリットはありました。

でも、一番の変化は、私のパート用の「お弁当」でした。

以前は、試しにかじった人参の頭が固くて青臭くて「やっぱり無理だ」と諦めていました。生ゴミを捨てるたびに「今日も使い切れなかった」という小さな自己嫌悪を感じていたのです。

それが今は、朝の忙しい時間に、冷凍庫からあの「きんぴら」や「ナムル」を取り出し、お弁当の隙間にポンと入れるたび、「今日も使い切れた」という、ささやかな達成感を感じるようになりました。

疲れて何もしたくない日の私を助けてくれる、小さなお守りのような一品。

私にとって野菜の皮の活用は、節約やSDGsのためというより、自分自身の心の余裕を取り戻すための、大切なお守りのような家事になった気がします。

[参考]家庭での食品ロス削減については、農林水産省でも情報が公開されています。